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東京高等裁判所 昭和50年(う)1917号 判決 1975年12月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万四、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡野隆男作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事富田孝三作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

控訴趣意第一(事実誤認)について<省略>

控訴趣意第二(法令適用の誤り)について

所論は、原判決は主文において、被告人を罰金三万五、〇〇〇円に処するとともに、右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置するものとしているが、右判決主文を、本件差戻前の第一審判決主文(「被告人を罰金四万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する」)と比較すると、労役場留置の部分に関する限り、差戻前の第一審判決より重い刑を言い渡したものであるから、刑事訴訟法四〇二条にいう不利益変更禁止の原則に違反しており、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があるというのである。

所論の当否につき検討するに先立ち、まず、被告人が控訴し(または被告人のため控訴し)た事件が、控訴審における審理の結果、原判決破棄のうえ原裁判所に差し戻された場合、原裁判所は、その破棄された原判決との関係において、不利益変更禁止の制限をうけるかどうかについては、現行刑事訴訟法に直接的な明文の規定を欠いているので問題があるが、同法四〇二条は、被告人が控訴し、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない旨を規定しており、このいわゆる不利益変更禁止の原則は、被告人側のした上訴の結果、却つて被告人に不利益な結果を来たすようなことがあつては、被告人側の上訴権の行使を躊躇させるおそれがあることを慮つて採用されているものと解すべきところ、もし差戻後の原裁判所は、その破棄された原判決との関係で右不利益変更禁止の制限をうけないとすると、被告人側は原判決に対し、有利な変更を求めて控訴申立をし、控訴審もまた被告人の利益のために原判決を破棄して原裁判所に差戻したにも拘らず、却つて原裁判所における再度の審理(同一公訴事実に関する限り、訴因の変更の有無を問わない)のために不利益な処断を甘受しなければならない結果となり、被告人は控訴申立にあたり、常にこの危険を覚悟しなければならないこととなる。かくては同条が被告人のため不利益変更禁止の原則を規定した根本精神に反するのみでなく、控訴審が原判決を破棄して自判する場合には右法条により不利益変更禁止の制限をうけることとの間に納得しがたい不権衡を来たすことになるから、以上のような理由で、差戻後の原裁判所もまた同条の規定の精神に徴し、その破棄された原判決との関係においても不利益変更禁止の原則に従うべきものと解するのが相当である(旧刑事訴訟法に関する最高裁判所昭和二六年(れ)第三二〇号、同二七年一二月二四日大法廷判決、刑集六巻一一号一三六三頁参照)。

そこで、記録を調査し検討すると、本件が差戻前の第一審判決に対し、被告人よりこれを不服として控訴の申立がなされ(控訴趣意は事実誤認、法令違反、量刑不当)、控訴裁判所である当裁判所において右判決を破棄して、原裁判所に差戻した(破棄理由は理由のくいちがいによる職権破棄)ものであることは前認定のとおりであり、右差戻前後における第一審判決の言い渡した各罰金刑の額を対比すると、差戻後の第一審判決(原判決)は、差戻前のそれと比べて罰金額を四万円より三万五、〇〇〇円に減じてはいるが、罰金不完納の場合の換刑率を、一日当り金二、〇〇〇円から金一、〇〇〇円に減じたため、換刑処分としての労役場留置期間は逆に二〇日から三五日に延長された結果となつていることが認められる。そこでそのいずれが重いかの問題について考察することとなるが、刑の軽重を比較するにあたつては、これを形式的にのみ判断することなく、綜合的考察の下に実質的、具体的になすべきものであつて、罰金刑の場合においても、その罰金額の多寡の点のみを見て判断すべきではなく、これと共に、その不完納の場合における換刑処分としての労役場留置期間の長短の点をも総合して実質的に判断すべきものといわねばならない(最高裁判所昭和三一年(あ)第四二四七号、同三三年九月三〇日第三小法廷判決、刑集一二巻一三号、三一九〇頁参照)。これを本件についてみるに、前記のとおり差戻後の第一審判決(原判決)は差戻前の第一審判決より罰金額の点で金五、〇〇〇円(一割三分弱)を減じているが、労役場留置期間の点で一五日(七割五分)延長していることは計算上明らかであり、両判決の罰金刑を総合的実質的に考察して比較すると、差戻後の第一審判決(原判決)の方が重くなつているといわねばならない。してみると原判決は刑事訴訟法四〇二条の規定の趣旨に違反しており、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで控訴趣意第三(量刑不当)に対する判断は、後に破棄自判する際に自ら示されるので、これを省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり自ら判決する。

原判決が確定した事実に、原判決が適用した法令を適用し、所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内において処断すべきところ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて犯情について検討すると、本件は被告人が大型貨物自動車を運転し、原判示交差点を右折進行するに際し、前方左右を注視して進行すべき、自動車運転者としての基本的注意義務を怠り、漫然進行したため、信号機に従つて横断歩道を左方から右方に横断歩行中の被害者小林栄子に自車を接触させ、同女を路上に転倒させたもので、被害者の蒙つた傷害の程度も、接触のショックによる一時的な意識喪失を伴うもので、軽傷とはいい難いこと等を合わせ考慮すると、被告人の本件刑事責任はこれを軽視することはできないが、被告者小林栄子の横断の仕方にもやや軽率と思われるふしが窺われること、被害者との間に円満に示談が成立していること、被告人には過去、交通事犯を含めて特段の前科なく、妻子を養つて真面目にトラックの運転手をして働いていること、その他被告人の健康状態等、弁護人指摘の諸事情をも考慮したうえ、前記金額の範囲内で被告人を罰金三万四、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条に則り金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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